保守的なアメリカと、リベラルなアメリカ

映画「勇気ある追跡(原題:True Grit)」を観た。

この映画は1969年のアメリカ映画で、映画のジャンルは西部劇だ。

この映画の舞台は、アメリカのアーカンソー州にあるフォートスミスだ。フォートスミスは、アーカンソー州の西に隣接するオクラホマ州との州境にある土地だ。2020年のアメリカの国勢調査では、人口が8万9142人のアーカンサスで3番目に大きな街となっている。

この映画の時代背景は、南北戦争が起こった後のアメリカだ。南北戦争は、保護貿易自由貿易奴隷制廃止と奴隷制維持などを、対立点として、1861年から1865年の間、アメリカを南北に分けて起こった戦争、シビル・ウォーだ。

保護貿易奴隷制廃止を主張したのが北部。自由貿易奴隷制維持を主張したのが南部だ。南部は、そのころ綿工業が発達していた英国を中心とする自由貿易圏に、南部の奴隷を使用したプランテーションでとれる綿花を輸出して利益を上げていた。

一方、北部は、工業が主要な収入源で、新たな労働力を必要としたため奴隷制とは相いれず、欧州の工業製品に対抗するために保護貿易を求めた。南部は、経済的理由から奴隷制を維持しようとして、北部は、経済的理由から、奴隷制を廃止しようとした。

このような北部と南部の対立が、アメリカのシビル・ウォーを引き起こした。それは、アメリカの奴隷制を維持するか、それとも廃止するかという戦争でもあった。そのシビル・ウォーの状況を描いたのが、スティーブン・スピルバーグ監督の2012年の映画「リンカーン」だ。

映画「リンカーン」では、シビル・ウォーの時の大統領だったリンカーンが、奴隷制廃止のために、あらゆる手段を使って奮闘していた状況が描かれていた。現代では、黒人差別をするのは共和党というイメージだが、奴隷制をなくすために戦ったのは当時の共和党だった。

この映画の舞台のアーカンソー州は、奴隷制を維持しようとする南部に属する州だ。この州に、奴隷制を廃止しようとしたアイオワ州のイエル郡からマティ・ロスという、父親をトム・チェニーという男に殺された少女が、やってくるところまでがこの映画の序盤だ。

つまり、共和党を支持して奴隷制廃止を望んで、奴隷制を廃止させた北軍の、当時としてはリベラルな気風を持つ州から、民主党を支持して奴隷制を維持しようとした、当時保守的だった土地へ、少女がやってきたことになる。

2010年に撮られた映画に、コーエン兄弟の「トゥルー・グリッド」がある。この「トゥルー・グリット」は、1969年の「勇気ある追跡(原題:True Grit)」のリメイクだ。2010年の「トゥルー・グリッド」では、マティの父親が殺されるまでの経緯が、映像として示されない。

そのため、映画を観る人は、マティとフォートスミスの住人と話す会話の内容から、マティがトム・チェニーに殺された父の仇を討ちに、フォートスミスまで来ているのを、汲み取るしかなくなる。その点で、この1969年の映画「勇気ある追跡」は、2010年の「トゥルー・グリッド」よりも丁寧な解説的な映画となっている。

共和党を支持したリベラルな土地から、民主党を支持した保守的な土地にやってきたマティは、父親が殺された仇を討つため、南部軍で兵士として戦ったことがある、ルースター・コグバーンという保安官補を雇うことになる。

この映画の序盤には、マティが黒人の使用人ヤーネルを連れて、フォートスミスにやって来るシーンがある。つまり、黒人奴隷の解放を掲げて勝利した北軍の州には、白人より低い身分の職業に就いている黒人がまだ存在したことになる。

マティは、黒人の老人の使用人のヤーネルのことを「私の友達よ」と言って、南軍として戦ったフォートスミスの人に紹介する。「私の友達」だが、家事をする世話人の黒人老人ヤーネル。この辺りは、シビル・ウォーが終わった辺りのアメリカを感じさせる。

アイオワ州のイエル郡は、田舎の牧場の風景として、この映画「勇気ある追跡」では描かれる。北部の田舎では、黒人の職業的身分は低かったという現状があったのだろう。都市部では、黒人の置かれた状況は、また違ったかもしれないが。

この映画「勇気ある追跡」の撮られた後の、アメリカの映画評論家Roger Ebertによる、映画「勇気ある追跡」の、ルースター・コグバーンを演じているジョン・ウェインへのインタビューで、ジョン・ウェインはあるエピソードを語っている。

そのインタビューの文章の冒頭に語られる、部屋に寝台を置くために壁を引き裂いたという話がある。これは、映画「勇気ある追跡」に繋がる話だ。マティの父を殺したトム・チェニーは、マティの家で家の手伝いとして屋根に穴の開いた小屋で暮らしている。

マティの母は言う。「トムは壁に穴の開いた小屋で暮らしているわ」と。それに対してマティは言う。「穴の開いているのは屋根よ」と。しっかりもののマティが、屋根に穴が開いていると言っているから、穴は壁には開いていないのだろう。

この会話は、映画評論家Roger Ebertによる文章の冒頭に繋がる。ジョン・ウェインはそのインタビューでこう述べる。「男には穴が必要なんだよ」と。つまり、この場合の穴とは、女性の性器をさしていると考えられる。

マティの母親によると、壁に穴の開いたマティの家の小屋に暮らしていたのがトム・チェニーとなる。そして、この映画「勇気ある追跡」で、ルースター・コグバーンを演じたジョン・ウェインは壁を引き裂き、壁に穴を開けた。

トム・チェニーと、ルースター・コグバーンならぬジョン・ウェインの共通点は、壁に穴の開いた部屋にいること。そして、その穴とはセックスのメタファー。つまり、この場合の共通点とは、トム・チェニーも、ルースター・コグバーンも野蛮な人であるということだ。

この映画には、アメリカの南北戦争、言い換えれば、アメリカのシビル・ウォーという、欠くことができない背景がある。その背景なしでは、この映画を理解するのはより困難になる。

ただ、この映画は、娯楽的な西部劇として、父親の仇を討つ娘の話として、作られている面もある。アメリカのシビル・ウォーの歴史を知らなくても、この映画を楽しむことができるようになっている。

ちなみに、シビル・ウォーの最中にリベラルだった共和党は、今ではトランプを大統領として選出した保守的な政党になっている。トランプは、女性差別発言をしたり、脱税をしたり、まったく大統領としてのモラルを欠く人だった。

シビル・ウォーの際の、共和党は黒人差別をなくそうとしたが、リンカーン大統領は、男性の大統領だし、女性差別は無くなっていなかっただろう。今(2022.12.25)の民主党が、ベネズエラからの難民を受け入れないのと同じようなことが、ここでも言える。