破壊的欲動

 映画「ファーゴ(原題:Fargo)」を観た。

 1996年製作。コーエン兄弟によるアメリカ映画。アカデミー賞(アメリカ)で主演女優賞と脚本賞を獲得した作品だ。アメリカ五大湖南西部辺り(すぐ北はカナダ)に起こる連続殺人、誘拐、脅迫を描く、サスペンス・コメディ映画である。

 ちなみにこの映画で主演女優賞を獲ったフランシス・マクドーマンドは映画を製作したコーエン兄弟(ジョエル、イーサン)のジョエルと1994年に結婚している(彼女はコーエン兄弟の初監督作品「ブラッド・シンプル(原題:Blood Simple)」に出演しているし、他にも「バーン・アフター・リーディング(原題:Burn After Reading)」にも出演している)。

 この映画では8万ドルというお金のために次々に人が死んでいく(映画中に登場する誘拐犯2人は8万ドルというお金のために行動する)。彼らを雇った自動車販売員の男(この事件の元凶となる人物)はもっと多くのお金をせしめようとしたが)。

 映画のラストで主人公である女性警官(フランシス・マクドーマンド)が「少ないお金のために争って一体何故なの」と言うシーンがある。彼女の言う通りである。「理解できないわ」と彼女は続ける。映画の中で殺される人の数は7人である。

 この映画の中で一番頭が壊れてしまっている人物は、誘拐犯の片方の“大きな男”だろう。この事件の最初の殺人は彼による警官殺しだ。小銃で警官の頭を打ち抜く。表情には何のためらいもなく、殺した後には満足の微笑みを浮かべる。

この人物は破壊欲求に支配されているようである。映画の中にこの大男が、誘拐した人妻(自動車販売員の妻)を物欲しそうに見つめて、その間に片割れの小男がテレビの画面の乱れを直そうとFUCK(ファック)と言いながらテレビを叩くシーンがある。このシーンは、まるで大男の気持ちを小男が代弁しているかのようである。

そして物語の終盤で大男は、人妻がうるさかったという理由で、その人妻を殺している。自分に愛情のない人間に欲情し、その表現として破壊的な行動をとっている。倒錯している。まるでフロイトの言う「欲動」思うがままに解放された人間だ。

つまり女警官が「理解できない」人間なのだ。大男は自己の中にある破壊的な欲動に素直に反応するだけでなく、理解しがたい(正常な人間にとって)存在なのだ。

この人物と反対に主人公の女警官は「理解しやすい」人物である。夫を愛しているが、時々他の男も気になる。仕事もやりがいを持って行っている。

この映画の登場人物の大半は滑稽である。しかし、大男1人は理解しがたいのである。

 

※映画のラストシーンで大男は女性警官につかまって「何故殺したの」と諭されている間、悦に入った表情をしている。彼は自分の殺人を思い起こし満足げな表情を浮かべるのだ。俺は自分の破壊的欲動だけでなく、殺した相手を「相手の中に沸く、尽きることなき葛藤の源泉となる欲動の発生」から救ったのだと。又、女性警官の語りによって、大男は過去の自分の罪の意識が再体験されることにより癒しを得ているのかもしれない。(後半より前半の説の方がしっくりくるが)

 

※ブロイエル(フロイトの先輩)は、ヒステリーの原因となる心をひどく傷つけられた体験を、感動をこめて追想することにより、ヒステリーは治ると考えた(この意見はフロイトにも影響を与えている)。