狩られる者は、狩る者

映画「クワイエット・プレイス(原題:A Quiet Place)」を観た。

この映画は2018年のアメリカのホラー映画だ。

この映画の主要な人物は長女、次男、三男、四男と、この4人を生み育てた父と母だ。

この映画の舞台は2020年から2021年頃のアメリカと思われる地域で、地球は地球外生命体の侵入により、人類は絶滅状態に陥っている。

地球外生命体と思われるものは、聴覚が非常に発達した生命体で、人間や動物を採って捕食することによって生きながらえている。つまり、人間が地球外生命体に捕えられる状況の中で、人間はいかにサバイヴしていくかというのがこの映画だ。

この映画は日常が勝ち取られているものだということを示しているように思われる。なぜなら地球外生命体の暴力の暴力の脅威から生き延びていくだけでも、それは人間が勝ち取った時間だと思わせるほど、地球外生命体の暴力は頻繁に確実に起こりうるからだ。そしてその暴力とは=死である。

哲学者のジャン・ボートリヤールは「消費社会の神話と構造」という本の中で、今日のメディアは、私たちの生活は、戦争や暴力から日々勝ち取られているものだということを我々に伝えているという、主旨のことを述べている。

この映画の中では、主人公たちに命からがら生きているという感覚を与えるのは地球外生命体だ。今日のメディアの役割と、この映画の中の地球外生命体の役割は等しい。共に、私たちに生命があるということ、そして平和を生きているということを感じさせてくれるものだ。

この映画では当初、家長である父が主導権を握っているが、この映画の最後では主導権が女性に変わる。そして同時に障碍者の持つハンディが生き延びるための力を与えてくれる。

この映画の世界は、動物が動く音とそれ以外の音という区別がある。なぜこのような区別が生じるかというと、前述したように宇宙人が地球の人間を聴力を頼りに狩るからだ。地球外生命体は人間の出す音とそれ以外の音を峻別する高い能力を持つ。

川の音や滝の音に宇宙人は反応しない。なぜならそれらは宇宙人の主食ではないからだ。だから川の音や滝の音にかき消される人工音ならば、この映画の中で人間たちは発することが許される。

この映画の中でキーパーソンとなる長女リーガンは聴覚障害者だ。彼女は音が聞こえない。しかしリーガンが聴覚障碍者のであるため家族は手話を使うことができ、宇宙人の侵略の初期を生き延びることができた。

手話での会話で家族は正気を保つことができた。そしてリーガンはそれだけではなく、宇宙人に反撃する方法も示してくれる。強者が狩られるものになった世界で、狩られるものの中でハンディを持った者が、捕食者の弱点を教えてくれるのだ。