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愛を知ること

 映画「エル・トポ(原題:El Topo)」を観た。

 映画のタイトルであるEl Topoとはモグラのことである(Elは冠詞、Topoはモグラ)。主人公はガンマンである中年ぐらいの男のエル・トポである。エル・トポは馬に乗って移動するさすらいのガンマンであり、洞窟に暮らす坊主頭の男である。

 映画の前半でエル・トポはガンマンとして砂漠をさすらい、映画の後半ではまるで僧侶のように頭を剃って洞窟の中で暮らしている。

 エル・トポは映画の最初では、町の人々を虐殺した人々を見つけ出し復讐する男であり、映画の途中では女の「4人の銃の達人たちを殺して」という言葉に囚われて、ズルをしてでも相手に勝とうとする卑怯者であり、映画の最後ではある町から追放された奇形の人々とその人々の中のある女を愛し、奇形の人々のために奇形の追放者たちの住む洞窟から町へのトンネルを掘る救世主である。

 映画はその他にも①プロローグ②創世記③預言者たち④詩篇⑤黙示録というような区切り方もできる。

 映画の最初ではエル・トポは全能感に溢れている。銃で決闘をしても負けることがない。エル・トポは物語の最初に「俺は神だ」と叫ぶ。しかし、エル・トポは4人の達人たちとの決闘(エル・トポはそのうち3人には卑怯な手で勝利するが)の後では(特に4人目の達人の自死の後では)エル・トポ自身の内にあった自信を失う。

 そして物語の後半の始まりでエル・トポはこう言う。「俺は神ではない」物語の前半にあった全能感はここでは失われている。しかし、落ちぶれたエル・トポを救った奇形の人はエル・トポを救世主だと言う。そしてエル・トポは奇形の人々のために町に繋がるトンネルを掘る。

 映画の前半に登場する達人たちは無であることを良きこととしている。無とは愛であり、それは自己喪失であると。

 エル・トポは映画の前半部分では、奪うことしかしない。愛を与えず、相手の命を奪おうとする。しかし映画の後半でエル・トポは、奇形の女性を愛して子供をつくる。愛し愛されること、つまり愛を与えて、愛を受け取る人になっている。

 前述したように4人目の達人の自死がエル・トポを決定的に変える。「お前は決闘したいという。つまり私の命が欲しいのか?ならば私自らそれをお前にさしだそう」自分を殺そうとしている敵に対しても自らの命を捧げる、これは究極的な凡人では真似できない愛の形であるかもしれない。

 エル・トポはこの姿勢を前にして自らのそれまでの価値観を崩壊させて、新しい価値観である愛をつくり上げる。

 エル・トポは彼を救った奇形の人々を助けるために町へ通じるトンネルを掘るが、エル・トポの連れ合いは言う。「私は町を見たけれども、洞窟よりいいところとは思えない」町では奴隷が売買され、殺され、人々の心は宗教による救済に夢中になっており、人々は現実を見ようとしない。

 エル・トポの連れ合いが言ったように、町はエル・トポにとっても良い場所ではなかった。エル・トポつまり”モグラ”にとっては地上よりトンネルの方が心地良いのだ。トンネルを出たエル・トポは、焼身自殺をするのだった。