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合法的殺人、監視社会、それは国家の肥大

 映画「エム(原題:M-Eine Stadt sucht einen Moder)」を観た。

 映画タイトルの「エム」とは殺人(Murder)のことを指す。この映画はフリッツ・ラング監督による1931年のドイツ映画で、ラングの代表作であり、サイコスリラー映画の初めの映画であると言われている。

 映画の中では幼い少年を襲う連続殺人事件が多発していて、住民たちもその犯罪に怯えている。警察も人員を多人数出して捜索しているがなかなか犯人は見つからない。

 そこで警察は犯人が宿無しの人や、身売りをする娼婦、また娼婦たちがいる店を捜査するようになり、そのせいで仕事がズタズタになった経営者たちは、自警団のようなものを結成している。

 そして犯人は、警察はもちろん、民衆からもひどく嫌われるようになっている。

 街に立つ盲目の老人の風船売りは、以前老人のところに風船を買いに来た、少女とある男のことを覚えていた。その男が風船を買った後に、少女殺しの事件が起きたのである。老人は盲目であるため、その男の顔を見ることはできないが、その男が口笛を吹いていたのを覚えていた。

 ある日いつものように街中で風船を売っている老人の元を聞き覚えのある口笛を吹いている男が通りかかる。老人は近くにいる人に話しかける。「あの男だ!!少女を拐った男だ!!」盲目の老人による口笛男(犯人)の発見により事件は終息に向かう。

 映画の最後、犯人は大衆の前に晒される。人々は、犯人の捜査のために、警察から散々な取り扱いを受けていたために、犯人に憎悪の念を抱いている。「そんな男殺してしまえばいい!!「死刑だ!!」人々は口々に叫ぶ。大衆の前で犯人の弁護人は告げる。犯人は精神異常者であり死刑にはできないと。

 映画は告げる。こうして重要犯罪人である犯人たちは見逃されていくと。

 映画の中で連続殺人犯を捕まえるために、宿無しの人が雇われるシーンがある。街中に犯人に対する監視者たちが溢れる。人々が監視をするのである。街の安全のために。

大衆が大衆を監視する社会。大衆が合法的に一人の人間を殺そうとする行為。どちらも聞いていてあまり気分のいいものではない。監視する(監視される)社会では、人々は常に人の目をきにして怯えていなければならないかもしれないし、国家が合法的に殺人をするなんて、考えただけでも恐ろしい。

 人々は社会の中に異常な行為をするものがあると、それをなんとしてでも取り除こうとする。自身の安全のために。自身の感情の回復のために。人々は集団になると、歯止めが効かなくなることがある。それを国家が利用したらどうなるだろうか?あまり良い心地はしない。