映画「愛の狩人(原題:Carnal Knowledge)」を観た。
この映画は1971年のアメリカ映画で、映画のジャンルは恋愛ドラマだ。
この映画の内容は、この映画の原題の Carnal Knowledge “肉欲的な熟知“ から考えるとわかりやすい。この映画の2人の主人公のうちの1人のジャック・ニコルソン演じるジョナサンは、まさに肉欲的なことを熟知している男だからだ。
肉欲的なことを熟知しているというのは、要はセックスを若いころからしているので、セックスに関することは知っているということだ。ジョナサンは、性欲を感じた女性とセックスをして、勃たなくなったら、他の女性で自分を勃起させてくれる女性に行く男だ。
この映画には、2人の主人公がいると言ったが、もう1人の主人公はアーサー・ガーファンクル(アート・ガーファンクル、“サイモンとガーファンクル“のガーファンクル本人)の演じるサンディだ。サンディは、ジョナサンほど、女性を取っ替え引っ替えしない。
勃たなくなったら女性を替えるジョナサンと、勃たなくなっても同じ女性と一緒にいようとするサンディ。どちらも、女性が好きで、女性に欲情して、女性を求めるが、勃たなくなったらすぐに女性を替えるか替えないかが、この2人の違いで、この映画「愛の狩人」は、このコントラストでも描かれている。
この映画「愛の狩人」は、導入はサンディが中心だが、その後はジョナサンの性生活が中心として描かれる。家父長制の規範を内面化して、一夫一妻の結婚制度を信じて生きる女性に、ジョナサンの存在はどう映るのか⁇
赤ちゃんが生まれると、性器によって、男か女かを、生まれたその時に決定される。看護師が「男の子ですよ」と言ったら、その子の今後の人生は男性になることが目指される。もし看護師が「女の子ですよ」と言ったら、その子は女性になることが目指されるようになる。
「大人になったら、素敵な男性と結婚して、家庭を築くのよ」と、女の子の母親は、自分の娘に教える。この映画は、1971年の映画だから、その当時の女性の社会進出の状況を考えると、女の子の母親が娘に「将来はNGOやNPOの一員になるのよ」と言っている可能性は低い。
女性は、学習の機会が与えられず、女のまま結婚して、家庭を持ち、自分の娘にこう言う「大人になったら、素敵な男性と結婚するのよ」と。結婚するのよ、とは、「セックスして子供を生むのが人生よ」と言っているのに等しい。
ジョナサンと付き合っているテレビにも出ているボビーは、この一夫一妻の家父長制の規範を内面化している女性だ。出会う→付き合う→セックスする→子供を生む→子育てをする→孫に囲まれた老後を迎える。この対象となる男性は、安定した収入がある男が好ましい。
ボビーは、ジョナサンに、結婚したいとせがむ。ジョナサンは、その時まだボビーといて勃起するので、ボビーの要求を受け入れる。ボビーは、結婚して一日中家にいてすることがなくアルコール中毒になっている。ジョナサンは、セックスのことしか考えていないので、ボビーのアルコール中毒に注意を払っていない。
ジョナサンは、一応大学を出たインテリで、女性を口説くために、社会の問題を女性の前で語ったりする。すると女性は、「あなたって真面目なところもあるのね」とジョナサンを惚れ直す。ただ、ジョナサンは自分を勃起させない女性は、すぐにおさらばするが。
ジョナサンにとっては、女性の価値は、ジョナサンを勃起させるか・勃起させないかで決まる。家事ができるとか、子供を育てたいとか、そういった家父長制的な関心はジョナサンにはない。ジョナサンは、種馬としては、割と優秀かもしれない。
ジョナサンは給料が良い。見た目も悪くない。セックスが好きだ。だから、子供を作る男としては良いが、子供ができた後は、なんの役にも立たない。ただ、ジョナサンはしっかりした定職があるので、養育費・教育費は、しっかり払うことができるだろうが。
ジョナサンは、「子供だけ欲しい。ただ、養育費・教育費はしっかり払って」という女性には都合の良い男だろう。ただ、ジョナサンはセックス以外に、女性と何かを楽しむとか、何かを共有するとか、そういったことには向いていない。
ジョナサンは、おそらく仕事の腕は良い。だから給料も良い。ただ、セックスの後に生まれる子供に関心がない。ジョナサンにとって仕事以外に必要なのは、女性が子供を生まないセックスだ。ジョナサンは、勃起して、セックスで、オーガズムを迎えることだけが、プライベートの目的の1つだ。
「男と一緒にいるのは、面倒臭いけど、子供だけは欲しい」と言う女性には、ジョナサンはぴったりな相手かもしれない。稼ぎはあるから養育費と教育費は払うし、自分とのセックスに飽きたら余計な干渉はしてこない。ジョナサンは、ジョナサンなりに女性の欲求を満たすことができる。
ジョナサンにとって、性欲は、きっと生きる目的であり、同時に自分を苦しめるものだ。うまく行っている時は勃起する時。うまくいかない時は勃起しない時。それが、ジョナサンのセックス観だろう。そして、その性に、ジョナサンは喜びと苦悩を引き起こされる。
筆者は、ジョナサンを否定したいのではなくて、ジョナサンが生きやすい時代になれば良いとは思う。ジョナサンが生きやすい社会とは、女性が性欲以外で男性に依存しない社会だ。つまり、女性が社会進出して社会保障が充実すれば、ジョナサンの悩みは少なくなるだろう。だって、女性が結婚せずとも性欲を満たし、子供を生むことができるからだ。ただ、ジョナサンは、育児に積極的に参加しないだろうから、その点は問題となってくるかもしれないが、他に育児をしてくれる人を見つければ、その問題も解決するだろう。
前述したように、ジョナサンとのコントラストで描かれるのが、なるべく一夫一妻の家父長制に従おうとするサンディだ。ただ、サンディも、結婚生活でのセックスがうまくいかなくなるが。結局、男は同じ相手だと勃起しなくなるのだ。そして、性生活がうまくいかなくなると、男は結婚生活に新鮮味を感じなくなる。のっぺりとした日常に飲み込まれて、ただだるい日常が続く。
つまり、この映画「愛の狩人」のジョナサンとサンディは、結局のところ性欲から抜け出せない。そのような男は、この世の中には沢山いる。勃起して射精することしか、人生に充実感を感じることができない男たちも、確かに存在する。
人間も当然生物だ。生物は、子供を作る場合が多い。子供の存在が、その生物の種の存続を、まず保証する。地球が気候危機で生物が住めない土地にならない限りは。本能の命令というものがあって、そこには勃起して射精するプログラムが記されているのだろうか⁇
家父長制という社会統治のための後付けの契約をジョナサンは嫌う。ジョナサンは、子育てを抜いた、勃起して射精することだけに忠実なセックス・マシーンだ。ジョナサンの正当性があるとすれば、受精能力があることと、無理がある一夫一妻の家父長制の問題点を浮き彫りにすること(ただし、ジョナサンは養育費・教育費は払う) くらいのことだろうか。

映画「愛の狩人」 ジョナサンとジョナサンを一時的に勃たせる女性ボビーのポスター