妊娠するということ

映画「Swallow スワロウ(原題:Swallow)」を観た。

この映画は2019年の映画で、映画のジャンルはスリラーだ。

この映画の主人公は、ハンターという女性だ。ハンターは、お金持ちのリッチーという男性と結婚して、ハンターのお腹の中にはリッチーの子供がいることが映画の序盤で明らかになる。ハンターとリッチーの住む家は、アメリカの郊外の豪邸だ。

ハンターは、リッチーの家族のもとに嫁いだかたちになっている。リッチーとハンターが住む家は、リッチーの父親が買い与えたもので、リッチーの父と母は、リッチーに対して影響力を持っている。

ハンターは、リッチーの家族から疎外されている。ハンターの存在は、リッチーやリッチーの父や母にとって、軽いのだ。ハンターは、リッチーやリッチーの父と母に、会話を最後まで聞いてもらえない。とにかく、家族の中でハンターの存在が軽いのだ。

先にハンターは妊娠していると書いたが、ハンターの妊娠がわかるシーンがある。その時は、ハンターはリッチーの家族にちやほやされて、自分の会話の相手を皆がしてくれる。その時はハンターは、皆に愛されている気持ちになることができる。

しかし、その時以外はリッチーの家族は、ハンターをまともに扱おうとしない。当然リッチーも、そうだ。そのせいでハンターは、精神的に追い詰められていく。そしてそのストレスが原因で、ハンターは異食症=パイカになる。

ハンターは飲み込むことが困難で、排泄することも困難なものを、飲み込むことに快感を覚えるようになる。そして特に金属が好きなのだと、精神カウンセラーに明かす。飲み込むのが困難で、排泄するのが困難なものを飲み込む。

それはまさに、リチャードの子供を産むという行為だ。リチャードは金持ちでインテリで、女性から人気がありそうな男性だ。つまりその競争の上では、ハンターはリチャードとの結婚を、つまりリチャードの子供を、困難の中で手に入れたということになる。

この場合、排泄は、出産とイコールだ。リチャードのような人間の子供を産むことは、困難なことだ。なぜなら、お金持ちで頭が良くてハンサムな子供を産むというのは、誰もができることではないからだ。つまりリチャードのような人の、産むのが難しい子供を産むのことの代用として、異物の排泄がある。

そしてリチャードは、金属のように冷たい男だ。

子供を身ごもって産むという行為が、リチャードやリチャードの両親の関心を引くことができて、そこに愛を感じることができる。だからハンターは異食を何回も繰り返し、家族から心配されて、それで異食の症状は和らいでいくのだ。

しかし愛が欠如すると、ハンターはまた、異食の快感を強く求めるようになる。異食が、自分の体を傷つけることになってもだ。そこでリチャードとその両親は、ハンターを施設に入れようとする。そしてそこからハンターは、逃げ出す。

ハンターは、子として愛情を受けたはずだった、父と母のもとへ帰ろうとする。愛情を、受けたはずだった。ハンターの母親は、宗教右派だ。つまり妊娠したら、中絶は許されない。望まない妊娠でもだ。

ハンターの母は、レイプされてハンターを身ごもり産んだ。ハンターの母は、ハンターよりハンターの妹を愛している。父親とは、連絡が取れない。そんな中ハンターは、父親に会いに行く決断をする。父は、自分を愛しているのだろうか? それが、ハンターの思いだ。

ハンターの父は、ハンターに打ち明ける。「自分は全能の神だと自分を思っていた。しかし違った。何をしても許されると思っていたんだ。レイプをしたことは悪いことだと思っている。しかしお前は悪くない」と。

ハンターは、父の思いを知る。ハンターの父は、レイプによって不幸になっていた。望まない妊娠で生まれたハンターは、父にとっての負担になり、母からもうまく愛してもらうことができない。そして何より、子供であるハンターが苦悩する。ハンターは、ある決断をする。

ハンターの父と、リチャードは重なる部分もある。それがわかるのは、自分を全能の神だと思っていたという、ハンターの父の言葉からだ。常務取締役であるリチャードも、自分のことをそう思っている可能性がある。それは、スマホで、ハンターを罵るシーンからも想像できる。

リチャードは、結婚をすましてしまった後、ハンターのことを軽くみるようになっている。そして今や関心は、自分の子供だ。ハンターは、跡継ぎを産む女という位置づけになっている。そこに、ハンターに対する愛情はあるのだろうか? 否、きっとない。

すべての人は、ハンターのような女性に向き合う必要があると思う。映画は、そう語っている。

2021年9月1日アメリカのテキサス州で、「性的暴行や近親相姦による妊娠も含め、妊娠6週目以降の人口中絶をほぼ全面的に禁ずる厳格な法律が発行した」(※1)。この事実は、この映画を観ると何か間違っている気になる。

十代の妊娠、レイプによる妊娠、近親相姦による妊娠。それらによって、ハンターのような苦悩をする人は必ず増える。そのような法律は、必ず人を苦しめるだろう。ただ、ハンターのような生い立ちの人も、容易に受け入れられる寛容な社会が必要なのは、言うまでもないが。

 

※1 2021/09/24「レイプされても堕胎できない」アメリカで奇怪な中絶禁止法が合法になってしまう”やるせない理由” プレジデントオンライン 2021.12.18閲覧https://president.jp/articles/-/50231?page=1

 

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