ホモソーシャルな社会と、アメリカ

映画「KCIA 南山の部長たち(原題:The Man Standing Next)」を観た。

この映画は2019年の韓国映画で、映画のジャンルは実録サスペンスだ。

この映画のタイトルの、KCIA 南山(ナムサン)の部長たちというのは、韓国に実際に実在に存在した中央情報部のトップである、部長の職に就いた男たちだ。KCIAとは中央情報局のことで、中央情報局は、1961年の5月10日の軍によるクーデターの後に設立された。

朴正煕(パク・チョンヒ)大統領は、その軍のクーデターにより、韓国の大統領になった人物だ。中央情報局は、その大統領の支配下にある。中央情報局は、北朝鮮に対する諜報活動及び工作員の摘発を目的としていたが、反政府運動の取り締まりもしていた。

つまり韓国の中央情報局は、民主化運動の弾圧をしていた、軍事政権の機関だった。

中央情報局の部長は、中央情報局内でのナンバーワンなのだが、その歴代の部長たちはパク・チョンヒと親しい間柄になる。パク・チョンヒが、中央情報局の部長と親しくすることで、部長たちをコントロールする。

パク・チョンヒは、部長に対して「君と起こしたあの革命の日を覚えているか、あの日はいい日だったなぁ」などと言ったりして、部下である部長の忠誠心をくすぐる。いわゆる、ホモソーシャルな関係を築くのがうまいのが、この映画の中のパク・チョンヒだ。

この映画の冒頭に、KCIAの元部長だったパク・ヨンガクが登場する。パク・ヨンガクはアメリカに住んでいて、韓国の軍事政権のリーダーのパク・チョンヒをアメリカの会議で告発する。そして、パク・ヨンガクは、パク・チョンヒについての暴露をした原稿を書き終わっている。

それに当然、パク・チョンヒは激怒して、そのパク・チョンヒの暗部について暴露した原稿を奪えと、KCIAの現部長であるキム・ギュピョンに命令する。その原稿には、KCIA民主化運動の弾圧についても書かれている様子だ。

この映画の、背景に登場するのはアメリカだ。アメリカは、ソ連と対立して朝鮮戦争を引き起こした張本人だ。朝鮮戦争で韓国側についたアメリカは、朝鮮戦争が終わったパク・チョンヒの軍事政権の時にも、韓国の内政に遠巻きながら干渉している。

アメリカの議会への告発が韓国に影響力を持つのは、アメリカが民主主義の国であり、民主主義の国の国民に事実を伝えることが強力な世界的な影響力を持つからでもあるが、それは何より、アメリカの軍事力が韓国に未だに影響力を持っているからだ。

アメリカは世界の各地で、民主化運動が起こると軍事政権を樹立して、アメリカの意のままになる軍事政権を成立させてきた。例えば、チリの独裁者ピノチェトはそのうちの1人だ。フィリピンのフェルディナンド・マルコスもそうだ。グアデラマでは、民主的に選ばれたハコボ・アルベンス政権を、アメリカが倒している。

インドネシアでも、共産主義を支持し民主主義体制を率いていたスカルノは、軍人であるスハルトに主導権を奪われている。また、その時にスハルトは、インドネシア共産主義者の虐殺として多数の人たちを殺している。その事件は、9月30日事件と呼ばれ100万人以上が虐殺された。その虐殺の殺人当事者たちへ迫ったのが、「アクト・オブ・キリング」(2012)という映画だ。その続編として、「ルック・オブ・サイレンス」(2014)という映画もある。

民主主義国であるアメリカは、世界各地で軍事政権を樹立するのを支援しており、韓国の軍事政権もアメリカの意図のうちにあったと考えられる。民主主義の建前を持つ国が、軍事政権を利用して共産主義の拡大を防いでいたのが事実だ。

ちなみに共産主義をとった国は、主にソ連だ。アメリカにとっては市場主義をとらない共産主義が脅威だったから、共産主義に傾きそうな国は徹底的に転覆していった。しかし、アメリカは、市場主義の万能さを否定しているニューディール政策を1930年代にとっており、アメリカの中では市場主義が万能ではないという見識はあった。

アメリカで、市場主義を積極的に採用したいのは誰かと言えば、それはアメリカの多国籍企業だ。多国籍企業は、世界各地に多国籍企業のための原材料を確保したり、工場を作ったり、輸出先を確保するのを目的としている。自由市場は、多国籍企業にとって必要不可欠だ。

アメリカで市場万能主義をとる、多国籍企業やその取り巻きは、第三世界の民衆にとっては悪魔だ。そうつまり、アメリカの意図のもとで動く韓国の軍事政権は、民衆にとって悪魔だ。デモが、この映画で描かれる当時に起こっていたというのは、軍事政権がいかに民衆を愚弄するものだったかを物語っている。

また、多国籍企業は、会社のために、安い原料、安い人材を、必要とする。つまり、多国籍企業には、従業員のために高い給料を払うという動機が、ない。独裁政権下で、人権が蹂躙されている状態で、企業活動を行えば、非人間的な安い賃金で、労働者を雇うことが可能でもある。

この映画では、アメリカの多国籍企業と、韓国との関係は描かれていない。がしかし、韓国は、アジアでの共産主義に対する防波堤の役割をしていたのは、事実だろう。アメリカが、ワシントン・コンセンサスで市場経済主導の政策を推し進めるのは、1980年代半ばだ。アメリカの共産主義との闘いは、世界にアメリカの多国籍企業のための市場の基盤を作るための前哨戦だったのではないか? そんな気もする。