愛あるまなざしで描かれた絵は人の心を打つ

映画「リリーのすべて(原題:The Danish Girl)」を観た。

この映画は2015年のアメリカ、イギリス、ドイツの合作映画で、映画の主人公は世界初の性別適合手術を受けた人物である。その人物はリリー・エルベである。

リリー・エルベとは自身の思う性別になるために、アイナー・ヴェイナーという男性として承認されていた人物が、自身を女性として主張するために付けた名前である。

アイナー・ヴェイナーをリリーと呼んだのは、モデルの仕事をしていたウラという人物である。このウラが性別適合手術の医者をリリー・エルベに紹介した人物でもある。

映画の舞台は1926年以降のヨーロッパで、リリー・エルベはデンマーク出身のデンマーク人である。

アイナー・ヴェイナーは風景画家として、妻であり人物画家であるゲルダ・ヴェイナーと暮らしている。ゲルダは人物画家のモデルの代役として夫アイナーに女装をさせて人物画を描く。

この時アイナーは自分の記憶が呼び起こされるのを感じる。アイナーの呼び起こされた記憶とは、自身の風景画の景色であるヴァイレでの記憶である。

アイナーは幼い頃から既に同性愛や女装に目覚めていた。子供のころハンス・アクスギルと過ごした日々、特にアイナーが女装をしてハンスとじゃれあっていた時の記憶が、アイナーの良き思い出として残っているのである。

アイナーは風景画を描く時、その幼い日々に感じた気持ちを思い起こしていたのであろう。そしてその風景画は世間からも評価を受ける。それはきっと風景画の中に世間の多くの人々が本物の愛を見つけたからだろう。

アイナー(後のリリー・アルべ)の妻ゲルダ・ヴェイナーは世間から評価される夫に嫉妬していた。ゲルダの描く人物は評価されなかったからだ。しかし、その後ゲルダの描く人物画が評価されることになる。

それは何故か?それはきっとその絵がアイナーの女性としての姿だったからである。そこには、アイナーの望んだ真の姿としてのリリー・エルベの姿があり、アイナーの風景画同様、ゲルダの描かれる対象への愛が真実だったから、世間から評価されたのであろう。

リリー・エルベというアイナーが望む姿がそこに描かれ、それを見つめるゲルダのまなざしには本当の愛があったのだろう。大衆そして画商とは画家の愛あるまなざしを直観して、そこに共感するのであろう。

リリー・エルベは映画の中で語る。神が私を女としたのであり、間違った体を医師が治すのだと。

リリー・エルベは周囲から特定の見方で見られる。それは人間誰もが同じである。個人としての人間は、複数の視線により成り立っているともいえるのである。リリー・エルベは女性として見られることを望み、生きた尊い命だったのである。