真に生きる

映画「スペンサー ダイアナの決意(原題:Spencer)」を観た。

この映画は2021年のドイツ・イギリス合作映画で、映画のジャンルはドラマ映画だ。

王室は、国民に、飼われている。国民の中でも、中産階級が、特に国を養っている。唐突だが、この映画を観て、思いついたことが、これだ。ユナイデッド・キングダムの王室の、国の、国民の支配の、その原資であるものは、国民が、特に中産階級が作り出したものだ。

王室やスーパーリッチというのは、実は、国民に養ってもらっている。国民の個々には少ない収入からの税収や、国民の少ない給料からの出費が、王室やスーパーリッチの収入になっている。

個々の国民の少ない収入も、集めれば莫大なお金になる。そのお金で、贅沢な暮らしをさせてもらっているのが、王室でありスーパーリッチだ。王室とスーパーリッチは、その振る舞いが問われる。

国民の財の集合を受け取って、それを遣うのに相応しい人間か、国民は、常に王室やスーパーリッチをチェックしなければならない。だから、再分配しない、スーパーリッチや王室を、国民は告発していいのだ。

国民のお金を遣いながら、国民の告発を恐れる、スーパーリッチと王室。彼らの存在を正当化するのは、外国からの脅威だ。スーパーリッチや王室は、国外からの攻撃に対して対処できる軍隊を持っている。

スーパーリッチや王室が、軍隊で外国の脅威から守ってくれるという。そのため、王室とスーパーリッチの存在は、肯定される。戦争が、偽善に満ちたものであっても。各国のスーパーリッチや王室は、自己肯定のために、グルになって戦争をしているのかもしれない。

この映画「スペンサー ダイアナの決意」は、貴族階級の出身であるダイアナが、王室や貴族以外の階級の人にも、関心を示した人物であった事実に、支えられている。ダイアナは、王室にいた頃からチャリティー活動をしていたことが重要だ。

ダイアナは、産後鬱、低い自尊心、摂食障害を持ちながら、育児やチャリティー活動を行っていた。チャリティーにおいては、芸術の多様性、子供の問題、エイズ患者、地雷の禁止に取り組んだ。

ダイアナは、自分の子供のウィリアムとヘンリーを、病院や、ホームレス・シェルター、孤児院、ファースト・フード・レストランに連れて行った。それにより、ダイアナの子供のウィリアムとヘンリーは、人々の感情や、人々の生活の不安定さ、人々の貧苦、人々の希望や夢を理解したと言われている。

つまり、ダイアナは、王室の世界しか知らない人間に、自分の子供が育たないように、ウィリアムとヘンリーに、王室や貴族以外の人々の生活とその苦労とその希望を教えた。ダイアナは、そういう人だった。

ダイアナが子供の頃に遊んだ王室の人物に、プリンス・アンドリューがいる。プリンス・アンドリューは、最近、プリンスの称号は残ってはいるが、その他の称号を剥奪された。その理由は、少女買春だ。

アメリカ合衆国出身のバージニア・ロバーツ・ジュフリーは、未成年の頃から、ジェフリー・エプステインとそのパートナーのギレイン・マックスウェルに売春をさせられており、ジュフリーが未成年の時に、プリンス・アンドリューと、2回、性行為をさせられた。

エプステイン・ファイルを公開するかしないかが、最近の大きな問題になっている。そのエプステイン・ファイルには、買春の顧客の名前が載っていて、その中には、ドナルド・トランプの名もあるとされている。

エプステインは、ドナルド・トランプの住まいとして知られるマー・ア・ラゴでも、売春を行っていたとされる。エプステインは、未成年の売春を利用して、自分の権力を増大させていった。そのエプステインは、既に、刑務所で首吊り自殺で死んでいる。

ダイアナがいた王室とは、そういうところでもある。王室の維持する権威のイメージを利用するために、エプステインのような人物が近づいてくる。そのような、王室の中で、チャリティー活動をしていたのが、ダイアナだ。

このプリンス・アンドリューの例を挙げるだけでも、ダイアナがいかに人物として良い人だったかが、明確になってくる。ユナイデッド・キングダムの王室は、ダイアナに、王室や貴族以外の人々との架け橋になってくれることを期待していたのかもしれない。

なぜなら、王室は、国民に見捨てられたら、生きていけないからだ。ダイアナは、王室に必要な人物だった。王室は、国民に愛されていなかったら、その存在意義を失う。国民に愛されない王室は失墜する。

冒頭にも書いたが、王室やスーパーリッチとは、何百万という国民の個々には少ない収入の一部をまとめることによって、莫大な資産を築いている。王室やスーパーリッチは、いわば国民に寄生をしている。

きつくて・危険で・汚い仕事を、国民にやらせて、王室やスーパーリッチは、国民より綺麗に着飾り、品位を保つ。国民がきつくて・危険で・汚い仕事をやらなければ、王室やスーパーリッチは生活できないが、なぜだか国民より王室やスーパーリッチは、優雅な格好をしている。

ダイアナはファッション・アイコンでもあった。王室が、大衆の好みをリードする。「ダイアナが着ている服って素敵‼︎ 」それで、人々は、消費活動を行う。その物は、王室や貴族やスーパーリッチ以外の人が作り、それを中産階級が消費をして、その儲けは、各階級に落ちるが、儲けの多くを持っていくのは、王室や貴族やスーパーリッチだ。

映画中にダイアナは、ファッション・アイコン用の王室の服を捨てて、農場のカカシが着ていた服を着る。それは、今は、落ちぶれてしまったダイアナの生家のスペンサー家の象徴でもある。この映画で、カカシの存在は重要だ。

カカシは、落ちぶれたスペンサー家の印であり、それは、落ちぶれている人たち、中産階級や労働者やホームレスや孤児などの印でもある。そのカカシが着ていた服を着ることにより、ダイアナは王室の者であることから脱する。

そして、そのダイアナが向かうのは、ファースト・フード店だ。

この映画は、事実に基づいた寓話、とされている。そう、この映画は、寓話だ。王室・家父長制・結婚・不倫・産後鬱・低い自尊心・摂食障害などの問題を、映画というある種の寓話に仕立て上げている。

この映画「スペンサー ダイアナの決意」を、王室に馴染めないダイアナが、人間として自立して、どのように生きるべきかを見つけ出す、寓話の物語になっていることは、明確だ。

事実をどのように配置するかで、この映画「スペンサー ダイアナの決意」は寓話として成り立っている。真に多くの人々の幸福を望んだ生き方を、ダイアナが選び取るのが、この映画「スペンサー ダイアナの決意」だと言っていい。

その生き方は、この映画を見る限りは、ダイアナに生きるエネルギーを与えてくれるし、ダイアナの生活を充実したものにしてくれている様子だ。

真に生きることの一例が、この映画「スペンサー ダイアナの決意」にはある。そして、真に生きることの一例を、事実を元にして組み立てた寓話として、この映画は、描き出す。

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映画「スペンサー ダイアナの決意」 12m52s ダイアナとカカシ Komplizen Film