壊れた地域社会で

映画「行き止まりの世界に生まれて(原題:Minding the Gap)」を観た。

この映画は2018年のアメリカ映画で、映画のジャンルはドキュメンタリーだ。

この映画の主人公は、アメリカのイリノイ州ロックフォードに住む、黒人のキアー、白人のザック、アジア系のビンという少年たちだ。この映画で3人の少年たちは、成長をして大人になる。そうこの映画は、成長についての物語だ。

イリノイ州のロックフォードは、ラストベルトと呼ばれる地域だ。ラストベルトとは、錆びついた工業地帯という意味だ。つまり、もともと工業地帯であったその地域は、海外の安い製品に仕事を奪われて、今(映画撮影当時)では産業のない、つまり仕事のない地域になっている。

イリノイ州の労働者の6万人の47%が、時給15ドルに満たない。また、ロックフォードは人口の比較的少ない地域の中では犯罪率が高く、その犯罪の4分の1が家庭内暴力だ。そして今では、人口が流出している。つまり3人の住むロックフォードは、街として最悪の状態にある。まさに「行き止まりの世界に生まれ」たのが3人の少年たちだ。

この映画を撮っているのは、3人の少年のうちのビンだ。ビンは、映画の勉強をしているようだ。ビンが映画を撮るきっかけとなったのは、10代の頃から、友達がスケートボードやバカ騒ぎをするのを撮っていたからだ。その映像の中には当然、キアーやザックが含まれている。

そしてビンが映画を撮る動機は、ロックフォードに住む人が直面していた暴力と関係ある。キアーとザックとビンの3人は、家庭内暴力を受けていた。そのことを知っていたビンが、キアーとザックのことに興味を持ち、家庭内暴力に立ち向かうために撮り始めたのがこの映画なのだ。

この映画は、12年間の、キアーとザックとビンとその他の友達たちの映像からなるドキュメンタリー映画だ。その中で特にザックは子供を持ち、自らも家庭内暴力の加害者になってしまう。ザックとその恋人ニナのケンカは、度を越している。

ザックは、ケンカの時にニナを殴る。ビンは、映画中にケガをしたニナの顔を映し出すこともある。ザックは子供のころ父親のロリーに暴力を振るわれていたが、その父親の姿を追うようにザックも恋人に手をあげるようになる。

暴力を振るわれた子供たちが、どのような状態になるのか? それを、この映画は描いている。子供たちはセルフコントロールができない状態になり、すぐにカッとなってスケートボードを壊したりしてしまう。

ただ、そんな少年たちの救いにもなっているのがスケートボードだ。なぜなら、スケートボードは少年たちが、自分の精神をフォーカスして、セルフコントロールを保つことができるようにしてくれる道具だからだ。

またスケートボードは、仲間からの承認のための道具でもある。だから技が決まると、仲間からの激励を受けて喜ぶが、技が決まらないと自分を責めて、その怒りで特にキアーはスケートボードを壊してしまう。スケートボードが、少年たちの怒りを受け止めているとも言える。

スケートボードの癒しは、完ぺきではない。だがスケートボードは少年たちの心を救っている。スケートボードが少年たちの救いであることはこの映画を観ていると、よく伝わって来る。

ザックの祖母は、ローラースケート場を屋内に作りそれを収入源にしていた。それを一時期ザックの父のロリーがスケートパークにして引き継いでいたが、その屋内施設は経営に行き詰まり、店は閉鎖されてしまう。

そのスケートボードの場をザックは再開しようとするが、その事業にも失敗してしまう。ザックの共同経営者が、利益をすべて懐に入れてある日逃げ出してしまったからだ。ザックは借金を負い、電気さえも止められてしまう。

その過程でも、ザックは大酒を飲む。そしてニナとの関係はボロボロになり、ニナとの間の子供エリオットと会えるのは週3回ということになってしまう。映画の終盤でザックは言う。「消えてしまいたい」と。

キアーは黒人であると書いたが、この映画の中でキアーが黒人差別に直面する場面がある。それは仲間内で集まって騒いでいる時で、ある女性が黒人を侮蔑する言葉であるニガーが使われる動画をザックと見ている時だ。

その時のキアーのいたたまれない表情は、映画を観ている人に突き刺さる。その他にも黒人がどのように車に乗ったままで、警察に止められ、銃を向けられているか。そのストップ・アンド・フリスクのようなものが原因で、黒人が実際に警察に射殺されているかも語られる。

また、ビンの家庭でも暴力はあった。ビンは、継父であるデニスに暴力を振るわれていた。それをビンの母親は知っていたが、その暴力を母親がビンのために止めようとすることはなかった。そのことを映画の中でビンは、直接母親に尋ねる。

困惑した表情の母親はビンに対して、「私にはデニスは優しかった。一回首を絞められたことはあったけど」と返す。ビンの母親は、継父からの暴力に怯えていたのだ。そして、自分の子供を守ることができなかった。力が強く経済力があるのは、男だからだ。

まだまだこの映画の中に描かれる酷いことは、たくさんある。弟のためた給料を盗むキアーの兄。ろくでもないキアーの母親の恋人…。

しかしこの映画の救いは、やはりスケートボードだ。映画の最初と最後で流れるスケートボードスケートボードに乗ったビンが多分撮っただろう映像は、歩行するスピードとは違う速さで風景が流れ、観ていて心地よい。これがスケートボードが少年たちに見せてくれる世界ならば、それに夢中になるのもわかる気が、映画を観るものにはしてくる。