性の転向と共感力

映画「転校生 さよならあなた」を観た。

この映画は2007年の日本映画で、映画のジャンルは恋愛ドラマ・ファンタジーだ。

この映画の主人公は、2人いる。2人は、長野県の長野市で幼少期を共に過ごした仲の、男の子と女の子だ。男の子の名前を斎藤一夫、女の子の名前を一美という。

この映画がファンタジーである理由は、一夫と一美の精神が入れ替わるからだ。一夫の体に一美の心が入り、一美の体に一夫の心が入る。よって、一夫の口調は女性の口調であり、一美の口調は男のものとなる。

体は一夫でも、心は一美。体は一美でも心は一夫。一夫も一美も、異性が好き。よってこの場合、男の体をした一美は、彼氏である山本ひろしという男の子が好きになる。抱き合う姿を見れば、一夫と山本ひろしが抱き合うことになる。見た目はゲイだ。

見た目は男で、心は女。だけど、一美は女としての別の肉体を持っている。これは男の体を持ったゲイの少年が、手術をして肉体を女性にするのに似ている。ただ一美は最初は女の子で、その次に不思議な力で男の子の体を手に入れ、そのあと手術なしてまた不思議な力で女の子の体を手に入れる。

一夫と一美の心の入れ替わりは、性的な意味での、性転換ともとらえることができる。そしてそれは同時に、他者への共感の力としてとらえることもできる。一夫と一美は精神が入れ替わりそれぞれの体を持って、それぞれの環境を生きることでお互いの家族を心境を理解するようになる。

その例は、体の性的な身体的特徴である、男の子の勃起であったり、女の子の生理であったりするのだが、それは時に相手の病状を思いやる気持ち、病気の相手が何を望むのかという気持ちに共感する能力を持つということだ。

この性転換を経て、一夫と一美は精神的に成長をする。異性に対する共感力を高め、同性愛者の気持ちを少しはなぞり、病気になった人の気持ちを理解して、母親そして家族の愛情を理解する。

ゲイであることは、性的に敏感であることだ。ゲイの人は、ゲイの人の中にあるストレートな人格を強く意識する。ゲイの人の中にあるストレートさ。それは、生物的には男性である人が、精神的に持つストレートな女性性。そして、生物的には女性である人が持つストレートな男性性だ。

そして、それが自分の持つべき性だと自覚する。つまりストレート(異性愛者)の人から見れば、ゲイの人は異性に強く憧れて、異性と同一化する人に見える。

ここからわかるのは、人は人間の性的な部分を前面に押し出して生きないと苦しいということだ。ゲイの人は、自分の性を認知してもらうのに苦しむことがある。自分の性を認めてもらうのに、ゲイの人は命を懸けるし、そうせざるえない。

性的なものは、人間にとってそれだけ重要な意味を持つのだ。

性的なものと同様に人間が生きるのに必要なのは、他者への共感力だ。他者への共感力があれば、争いごとのもとになる妬みや嫉妬は生まれない。そのため共感力は、自分自身を救う助けになる。自分自身の中の、葛藤を和らげてくれるのが共感力だ。

人は性的であることと、人は共感力を持つこと。それがこの映画が教えてくれる、人が生きるために必要なものだ。ただ、性的であることが教育や家庭や広告によって押し付けられるものなら、そこから解放されるのも人の生き方ではないかという気もするのだが。