社会の重圧

映画「リグレッション(原題:Regression)」を観た。

この映画は2015年のスペイン・カナダ合作映画で、映画のジャンルはサスペンスだ。

この映画の監督は、「アザーズ」「海を飛ぶ夢」などの映画を作った名匠アレハンドロ・アメナーバルだ。

この映画は、事実に着想を得て作られた映画だ。この映画の舞台は、1990年のアメリカのミネソタ州ホイヤーだ。しかし、この映画はどこの世界でも起こりえるかもしれない事実を描いた映画だ。

この映画の中心となるのは、ブルース・ケナーという刑事だ。ブルースは仕事をしていて、ある事件に遭遇する。それは、アンジェラという女性が父親に性的暴行を受けたという訴えだ。父親はあっさりとその事実を警察に認めて、捕まる。

この映画のテーマとなっているのは、心理学的な集団ヒステリーだ。催眠により精神が退行することにより虚偽の記憶が捏造され、その記憶に人々が翻弄される。その記憶の捏造のきっかけは、いわばストレスと日常の意図せぬ刷り込みからだ。

アンジェラの父親のジョン・グレイという男は、負け犬の男だ。いわゆる、だらしない父親で家庭も不安定だった男だ。アンジェラの母は、すでに死んでいる。アンジェラの死は家族に当然のように精神的ショックを与えている。

アンジェラには兄がいる。兄の名はロイという。ロイはゲイだ。教会は、ロイのことをソドムの罪を負った男と言う。ソドムの罪とは、男色や獣姦などのことだ。教会はゲイの人を、罪びととして断罪していた。

ロイを罪びととして断罪しているように、アンジェラを保護している教会はいわゆる善ではない。ゲイの人を受け入れることができないような教会は、悩める者を救うどころか、悩んでいる者を追い込む集団となっている。

教会以外にも、日常の風景が人を追い込むものになっているという現象がこの映画ではみられる。それは商品の広告だ。日常的に刷り込まれる広告のイメージが、人々に脅迫的に迫ってきているそんな様子がこの映画では描かれる。

集団ヒステリーを可能にするのは教会や広告などの日常に氾濫するイメージ、言説だ。さらにそのイメージと精神的状態が、集団ヒステリーを引き起こす。世の中に出回っている成功のイメージなども、集団ヒステリーを引き起こす一因となる。

日常的に刷り込まれる言葉やイメージが、人に悪夢や間違った記憶を植え付ける。それが、この映画のトリックへの答えだ。日常のその言葉やイメージがどれだけ虚偽に満ちているものでも、それを真実と信じてしまった人と、その人の、実はなんの間違いのない行為とのギャップはぬぐえない。そのギャップが虚偽の記憶を生み出す。

例えばロイのゲイの事実だ。ゲイであることはなんら間違ったことではない。ただ本人には、社会的な通念が襲い掛かる。90年代は、まだLGBTQの運動は盛んではなかった。そのような状態で、ゲイの孤独な少年に襲い掛かるプレッシャーは大きなものだ。それは時に、人を死にまで追いやるかもしれない現象だ。

事実と社会的通念が不一致であることにより、多くの抑圧が生まれる。ありのままの事実を、ありのままの人間を受け入れることができれば、アンジェラのように社会の重圧に戦いを挑まれることはないのではないか? 社会の誤った重圧は人を苦しめるのだ。