科学が魔法にかわる

映画「2分の1の魔法(原題:Onward)」を観た。

この映画は2020年のアメリカ映画で、映画のジャンルはコンピューター・アニメーション・ファンタジー・アドベンチャーだ。

この映画は、監督の実体験をもとにして作られたピクサーの映画だ。映画の監督ダン・スキャンロンは映画のパンフレットの中でこう語っている。

―物語は、私自身の兄との関係と、私が1歳の時に亡くなった父との繋がりが発想のもとになりました。父は私たちにとって、常に謎でした。家族が父の声が録音されたテープを贈ってくれたんですが、そこに入っていたのは『こんにちは』と『さようなら』の二言だけだったんです。でも私と兄にとって―それは魔法でした。

このダン監督の言葉にあるようにこの映画に登場するエルフは、母子家庭の16歳の誕生日を迎える子供だ。主人公の名前はイアン・ライトフットという。イアンにはバーリーという兄がいて、母のローレルと共に3人で暮らしている。

父が残したカセット・テープに入った、父の声を聴いてイアンは亡き父に思いをはせている。父親はどんな人だったのだろう。父親が生きていたら、キャッチ・ボールをしたかった。人生を分かち合いたかった。そうイアンは自分の手帳に書き記している。

イアンは内向的な少年で、そのイアンの兄のバーリーは内向性が外発的に発散されて、いわゆるハード・ロックが好きなオタクのお兄ちゃんになっている。バーリーはグウィネヴィアというペガサスがペイントされた愛車のバンに乗っている。

このバンが映画中に活躍もすることになるのだが、このバンを見ると映画「ヘヴィ・トリップ 俺たち崖っぷち北欧メタル」で似たようなバンが使われていたのが思い出される。「ヘヴィ・トリップ」では音楽がメタルだが、「2分の1」では音楽がハード・ロックだ。

「ヘヴィ・トリップ」でも似たような容姿の人物が、バンドの移動のためのバンの所有者で、その所有者はバンドのドラムでもあり、食べたものを喉に詰まらせて死にかけたことがある人物で、バンをアクセル全開で踏み切り、突然道に現れたトナカイをよけて死んでしまう。

バーリーはまさにこの人物に重なる。成長の過程にいて、社会のルールの中で自制することがあまりうまくない。自分の感情のほとばしりを音楽に託したヘヴィ・トリップの人物のようにバーリーも自分の情熱を音楽と古代の魔法の歴史に傾ける。

この映画はイアンの救済のための映画と思われる。一見するとそのようだ。しかし、父を失ったのはライトフットの家族だ。父を失い母子家庭になったという現実は、イアンにピックアップして語られるが、バーリーもローレルも悲しみを背負っていることにかわりはない。

バーリーは大学に進学している様子はない。このエルフの国は、きっとアメリカが原案になっているだろう。アメリカの母子家庭の現実は厳しい。食事は学校の給食を当てにして、年収は3万ドルより少なく、子供をひとりにすることができないためにヘルパーを必要とする。

そのヘルパーを雇うお金が原因で、出費がかさみ教育と子供のための預金には、たとえ働いている人でも格差が生じている。

そんな家庭状況の中で救いなのは、兄のバーリーの情熱だ。イアンは父の代わりとして兄が振舞っていることに映画の最後になるにつれて気づくことになる。バーリーは愛情にあふれた優しい兄だったのだ。

映画の舞台のエルフの国では、魔法が科学の便利さに置き換わられている。魔法を使うのが難しいので、皆科学の力に頼るようになったのだ。では、すべてが科学の力で解決できるのだろうか?

それは否だ。科学の力でも叶えられないものが父の存在だ。父の欠如は科学によっては、言い換えれば便利さによっては置き換えられない。父は代替不可能な唯一無二の存在だ。唯一無二の存在は科学によってはもたらされない。

その科学でもってしても叶えられなかった父の復活を、この映画では魔法が果たそうとする。便利さでは置き換えられないもの、それがこのエルフの世界にもあったのだ。それは魔法が可能にしてくれる。

世間ではシンギュラリティーが言われるようになり、科学による飛躍的な技術の進歩が期待されるようになっている。もし細胞の複製に成功して、父の代わりに複製された父が登場したらどうなるのだろう?

科学は魔法の役割を担うようになるのだろうか?魔法、それは、この人間界の現実には存在しない力だ。魔法という空想のゾーンが満たしてくれていた場所を科学が満たすようになる時、その時人はある種の難問から解放されるのだろうか?

 

参考資料

When we’re told to plan for coronavirus, where does that leave single moms? - The Washington Post

Single Mothers Are Surging Into the Work Force - The New York Times