孤独な無保険者

映画「ある女流作家の罪と罰(原題:Can You Ever Forgive Me?)」を観た。

この映画は2018年のアメリカ映画で、レオノア・C・イスラエルという女性作家の半生を描いた映画だ。レオノア・C・イスラエル、通称リー・イスラエルは、ニューヨークに住む、現在は売れない元ベストセラー作家として映画に登場する。

リー・イスラエルは実際に存在したアメリカ人作家で、1936年に生まれ2014年にこの世を去っている。

この映画の舞台となるのは1990年代前半のアメリカのニューヨークだ。

この映画は様々な視点を持つ映画だ。友情、恋愛、同性愛、小説、スター、本物と偽物、成功などというキーワードが、この映画を観ている間や観終わった後に浮かんでくる。

リー・イスラエルは同性愛者で、ベストセラー作家で、成功した後に落ちぶれて、有名人が書いた手紙を偽造してコレクターのためのお店に、その偽の手紙を売って生活している。

リーは孤独だが、ほんの少しの知人がいて、その内の1人のジャック・ホックというゲイの男性とは友情で結ばれている。リーは1匹の猫を飼っている。リーは映画の中で、人間よりも猫を愛していると言うほど猫をかわいがっている。

ある時、その猫が病気になる。病気?そう病気だ。ここで思い出して欲しいのは、アメリカには1990年代前半当時、国民皆保険制度というものが無かったということだ。人間だけでなく、動物にも皆保険は無かった。

映画でリーは猫の治療のための高い医療費に困り果てる。当然のように人の皆保険と猫の保険は別だ。人に保険が無いから、猫にも保険が無いと言いたいわけではない。ただここで考えて欲しいのは、もし猫が人間で国民皆保険制度が無かったとしたら?ということだ。

当然のように高い医療費を支払うことができない人が存在するということだ。人間よりも大切な猫のために、リーは有名人が書いたと偽った手紙を数百ドルの値で売る。猫のためだけではない、自分のためでもある。生活していくためにはお金が必要なのだから。

リーは孤独な女性だった。家族とも縁遠い。同性愛のパートナーを持つことにも失敗している。アメリカは国民皆保険が無い代わりとして、家族という繋がりが、社会のセーフティーネットの役割をしていると言われていた。

リーは明らかにこの範囲の外にいる女性だ。リーには生活を養ってくれる親族はいない。だが当時のアメリカには国民皆保険制度は無い。リーはどうなってしまうのか?

ここで登場するのが友情だ。ジャックとリーは、お互いに協力し合いながら、ニューヨークという都会で、何とか命を繋いでいく。

社会の範疇から外れた孤独な人々を包摂するものは何か?その答えの1つとして、友情がこの映画では描かれる。孤独では生きてゆけないが、人の隣には人がいるものかもしれない。