開眼

映画「ザ・スクエア 思いやりの聖域(英題:The Square)」を観た。

この映画は2017年のスウェーデンの映画で、風刺ドラマ映画だ。この映画の主人公はクリスティアン・J・ニールセンという中年の男性だ。クリスティアンには2人の娘がいる。妻とは離婚したせいか、別々の住まいで暮らしている。

クリスティアンの身分はエリートだ。国立の美術館に勤めるキュレーターだ。この映画はクリスティアンの心の移り変わりが描かれている。この映画でクリスティアンは開眼する。今までに自分が見つめたことのなかった視座から社会を捉えることに映画の終わりにクリスティアンは成功する。クリスティアンは自分の位置をずらす。

この映画は一言で言ってしまえば、勝者が敗者の気持ちに近づく映画だ。そしてその映画で描かれるのは弱者の世界など気にせずに生きるアッパー・クラスのうんざりするようなライフスタイルだ。

クリスティアンは地位と権力を手に入れた存在として最初に登場し、最後には地位と権力を手放すことになる。この映画の冒頭にはホームレスの人々の姿が描かれる。そしてその後にホームレスの人を無視して歩く身なりの良い都会の人たちが映し出される。このコントラストがこの映画を物語っている。

さてクリスティアンがどうして貧しい人々の視点を獲得するかというと、それは街で財布とスマホを盗まれることから始まる。クリスティアンスマホをなくした時のためにスマホを探す機能を使って、スマホの所在を確かめる。

スマホのありかは貧しい人々が暮らすアパートだった。スマホと財布を盗んだ人間はそのアパートの一室にいるはずだ。そこでクリスティアンは職場の部下にそそのかされたこともあって、そのアパートに財布とスマホを返せと脅迫状をポストの中に入れて回る。

そのアパートに住む人は皆盗人でそのビラが入るなどまるで当然だと言わんばかりに。

そしてある時スマホと財布を盗んだ罪を家族に着せられたと、一人の少年がやってくる。そこからクリスティアンの気持ちは揺らぎ始める。

クリスティアンはリベラルを信条とするリッチな人だ。人々の間のコミュニケーションが薄くなっているとクリスティアンは自分の娘たちに語る。すべての人が平等の権利と義務を与えられる四角く区切られた空間、そんな場所を映画中にクリスティアンは登場させる。

しかし、クリスティアン自身にそのような場所が必要であるというような実感は薄い。その実感を持つのはこの映画のラストだ。