人の限界

映画「彼女がその名を知らない鳥たち」を観た。

この映画は2017年の日本のミステリー映画だ。この映画は、主人公の北原十和子の恋愛を描いた映画といえる。この映画で描かれる十和子の姿は恋に疲れているという印象を映画を観る者に与える。

この映画で十和子と関係を持つ男性は時間順に上げると以下の通りになる。①黒崎俊一②佐野陣治③国枝④水島だ。十和子は佐野陣治と出会った後は、陣治の家に同居しながら他の男と関係を持っている。

前述した4人の男性の内、十和子を性的欲求のはけ口のみとして利用しないのは陣治だけだ。陣治と十和子は性的関係にあるのだろうが、陣治以外の男は十和子を自分の利益のために利用することしかしない。陣治のみが十和子を1人の人間として受け入れる。

北原十和子は見た目が良くて、職業が立派(ホワイトカラー)の男が好きな女の子だ。ただ問題は、見た目が良くてホワイトカラーの男が好きな女の子が多いというところだ。つまり見た目が良くてホワイトカラーの男は女性を選びたい放題なので、自分の都合に合わせて女性を切ったり、選んだりする。

つまり、見た目が良くホワイトカラーの男は女性の気持ちを考えない。見た目がいい男たちは、ご都合主義である。相手の気持ち(この場合十和子の気持ち)は考えない。

愛が裏切られて裏切られて窮地に陥った人間はどうなるか?愛はいつしか憎しみに変わる。その憎しみで自傷に向かうのか、それとも外に向かってエネルギーを発散するかは人それぞれだと思われるが、高いストレスを抱えた人間は正気でいることなどできなくなる。

この映画に登場する男たちは陣治を除いて、強欲だ。この映画の男が望むのは地位と金と名声と女だ。そのためにはどんな酷いことでもする。

この映画の中で特に酷いのは黒崎と国枝だ。黒崎は自分の出世のために、国枝という権力者に、十和子を国枝の性欲の犠牲者とする。もしかしたら、この映画を観る人には、黒崎、国枝、水島のやっていることはたいしたことには映らないかもしれない。

しかし、十和子が追い詰められた先で暴力を発する時に、多くの人々はふと我に返るだろう。自分たちのしていることは何ということだったのかと。否、もしかしたら十和子の暴力の理由が分からずに、ただ恐怖するだけなのかもしれない。

人間は人間により時に癒され、時に傷つく。それを知らない人は罪深い。