60年代と映画監督の時代

映画「イージー・ライダーレイジング・ブル(原題:Easy Riders,Raging Bulls:How the Sex Drugs and Rock’n’Roll Generation Saved Hollywood)」を観た。

この映画は2003年のアメリカ映画で、アメリカの映画産業の中心であるハリウッドの1966年~1970年代末までの映画作品とその監督、俳優を追ったドキュメンタリー映画である。

この映画では1966年当時ではB級作品とされていたものが、1970年代末にはB級大作映画となり後の映画界を築いていく基本となったことが描かれている。

1960年から1970年代のアメリカ映画ではそれまではアンダーグラウンドで制作されていたものが大衆に浸透していった道筋が見られる。1969年の映画「イージー・ライダー」を、“主張する監督時代”のピークの始まりとして取り上げる。

アメリカのその時代を代表するヒット作には共通点がある。それは映画が1966年以前では描かれなかったセックス、酒、麻薬そして暴力といったテーマを取り上げるようになったことである。そして、その映画を撮る監督は予算の主導権をも握ってしまうような、主張する監督たちであった。

そこで上げられる映画監督の主要な人物はコッポラ、ボグダノヴィッチ、ペキンパー、スコセッシ、アルトマンである。これらの監督以前では映画監督が主張することがなくなっていたのである。

しかし、これらB級映画の監督たちは違った。自らの作品で自らの世界を描いたのである。時代は1960年代から1970年代である。

1960年代後半といえばフラワー・ムーヴメントの起こった時代である。若者たちは現行の体制に強い不満を持っていた。アメリカ国内では黒人差別が公然と行われ、アメリカ国外では、アメリカ軍がベトナムの民間人たちを攻撃し殺害していた。

アメリカの若者たちは、このような行いをする政府に対して強い憤りをおぼえていたのである。世界中の特に先進国の若者たちは、ラヴ・アンド・ピースを声高らかに唱えたのである。そんな時代背景を持つB級映画の監督たちも、主張する若者たちの中の一人であったのである。

しかし、そんな主張する監督たちの時代も終わりを迎える。酒やドラッグによりボロボロになっていく人や、主張し続けることに消耗したからである。

その後B級映画は大作になり、ジョージ・ルーカススティーヴン・スピルバーグのような娯楽映画が生まれてくるのである。スピルバーグのような大監督も、主張する監督時代なしにはありえなかったのである。