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「母の求めている私」と「理想の私」

映画「わたしに会うまでの1600キロ(原題:Wild)」を観た。

この映画は2014年にアメリカで公開されたロード・ムービーというよりウォーキング・ムービーである。この映画の舞台となるのは、アメリカ合衆国にある長距離自然歩道(The Pacific Crest Trail/パシフィック・フレスト・トレイル/略称PTC)である。

Pacificは「太平洋の」を意味し、crestとは「頂上」を意味し、trailとは「痕跡」を意味する。要するにPTCとは、太平洋沿いにある山の頂上を通って行くような道の跡のことである。PTCはアメリカのメキシコとの国境から北へ向かって、アメリカのカナダとの国境への長い道のことである。

この映画の主人公シェリル・ストレイドはたった一人でこの長い道を歩いた実在の女性である。この映画の原作はシェリル・ストレイド本人が書いた自叙伝である。

シェリルが幼い頃にシェリルの母ボビー・グレイは娘シェリルと息子リーフを連れて父親の元を去っている。何故か?それは父親の暴力が原因である。シェリルの父は酔っぱらって家族(特に母ボビー)に対して暴力を振るうような父親だったのである。

シェリルは母ボビーの手によって育てられることになるが、そんな母も病気のために、シェリルが20代のうちに死んでしまう。シェリルは母親の病気のショックのためか、行きずりの男とのセックスを繰り返し、ヘロインに手を出してボロボロの状態になる。

そんなギリギリの状態からシェリルを救い出してくれたのは元夫のポールだった。しかしシェリルの心の問題はそんなに簡単に解決しない。シェリルにとって父の暴力と父の不在、そして母の死はとても大きな陰をシェリルに落としていたのである。

この映画に映し出されるのは自然と、踏みならされた、時には未踏の道を歩く人間たちの姿である。シェリルは同じようにPTCを歩いている人々と時に触れ合いはするものの、ほとんど大半の時間を一人で歩きながら、時にはテントの中で過ごしている。

歩いている最中は自分で自分の頭に浮かび上がってくる思いや音楽や思い出などと共に過ごしている。シェリルは「母が求めていた私」になるために4年7ヵ月3日の旅をすることになる。

旅の終わりのシェリルの所持金は20セントである。シェリルは苦悩の最中に言う。「昔の私は母の望んでいる私だったのに、今の私は母の望んでいた私じゃない」と。ドラッグとセックスにおぼれて確固たる自分の姿をシェリルは見失っていたのかもしれない。

ドラッグは現実感を薄れさせるのだろうし、複数人とのセックスは自身の中の自分像を曖昧にするのかもしれない。「母の求めている私」であることは、シェリルの精神状態を安定させるために必要なものだったのだろう。「母の求めている私」はシェリルの理想の自分と等しいものになったのだろう。