それぞれの苦悩

映画「スモーク(原題:Smoke)」を観た。

この映画は1995年制作のアメリカ映画で、原作はアメリカの小説家ポール・オースターの「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」であり、ポール・オースターはこの映画の脚本も手掛けている。

映画の舞台はニューヨークのマンハッタン。中年男性であるオーギー・レンはタバコ屋を営んでいる。そのタバコ店の常連客であるポール・ベンジャミンは妻を銀行強盗の巻き添えで失った小説家である。

ある日ポール・ベンジャミンは路上で車にはねられそうになったところを、トーマス・ジェファーソン・コールという小説に助けられる。ポール・ベンジャミンは助けてもらったお礼として、トーマス・コールを家に2泊させる。トーマス・コールは黒人の家で少年だったのだ。

この映画の中には、トーマス・コールを捨てて蒸発したトーマス・コールの父サイラス・コールも登場する。この映画の中では、トーマス・コールと父サイラス・コールとの再会のシーンもある。

父サイラス・コールは12年前の交通事故で、妻ルイザ・コールを失い、そのままトーマス・コールを置き去りにした。サイラス・コールは事故で妻だけでなく、自身の左肘から下も失っていた。事故のショックでサイラス・コールはトーマス・コールを捨ててしまったのだろう。それほどまでにサイラス・コールはもろい人物だったのだ。

映画の背景には、白人社会と黒人社会という構造が見える。又、映画の中にはラテン系の人物も登場する。この映画の背景には、貧しく苦難の中に暮らす黒人の姿も描かれるが、それと同じように貧しく日々の暮らしが精一杯の白人の姿も描かれている。

黒人は貧しくて苦労をしていて、白人はリッチで恵まれているという2項対立はここでは成り立たない(しかし黒人の差別という問題はそう簡単には拭い去れないものであるが)。白人にも黒人にも貧しくて苦難に満ちた人生を送っている人々がいるのである。

この映画に登場する人物で一番社会的に恵まれている人物は、白人男性のポール・ベンジャミンである。ポールは小説家であり、教養もあり、地位もそれなりに安定している。しかし、当然のようにポールっも妻に先立たれたという苦難を抱えている。苦難に人種は関係ないのである。

どんな人種の人でも、金持ちでも貧乏でも、高学歴でも中卒、小学校までの教育を受けた人、そして小学校も通っていない人でも、同じように苦悩するのである。苦悩の前では誰もが平等である。

この映画の中で一番重い人物として描かれるのはオーギー・レンの店に万引きに入って財布を落としていった黒人少年の祖母らしい人物であろう。老婆は、盲目で、黒人で、女性である。クリスマスも一人で部屋の中で過ごしているような。

人々の苦悩を緩和させるものは何だろうか?それは映画のような“作り話”の役割なのかもしれない。