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主情主義

 映画「インサイド・ヘッド(原題:Inside Out)」を劇場で観た。

 この映画は2015年7月18日に日本公開された、ディズニー・ピクサーの映画である。この映画は3Dの作品で、当然コンピュータ・アニメーションによる映画である。

 この映画の主要な登場人物はライリー・アンダーソンという11歳の少女であり、この少女ライリー自身の感情がキャラクター化されており、そのキャラクターの描写に映画のほとんどの部分はさかれる。つまりこの映画はライリーの頭の中の感情が主役なのである。

 ライリーは父と母と住み馴染んだミネソタ州を離れて、カルフォルニア州の北部に位置するサンフランシスコで暮らす事になる。この映画の時間はライリー一家の引越しの様子を追って流れていくことになる。

 この映画の実質的な主人公は5つある感情のキャラクター化されたもののひとつの”ヨロコビ”である。この他にもキャラクター化された感情はカナシミ、イカリ、ムカムカ、ビビリがいる。

 ライリーは慣れ親しんだミネソタを離れて、学校の友達からも、そしてアイスホッケーのクラブのチームの仲間たちとも離れ離れになり気持ちが落ち込んでしまう。つまり、ライリーの中の感情たちのうちのヨロコビがいくら活躍しようとしても、感情はヨロコビ以外の感情に占領されてしまう。

 感情たちはライリーの中にあるとされるコントロール・ルームにいてライリーの感情をコントロールしているのだが、ある時そのコントロール・ルームからヨロコビとカナシミが飛び出してしまうことになる。そしてライリーの感情のコントロールをイカリ、ムカムカ、ビビリがすることになり、ライリーは情緒不安定な少女となって、ミネソタに帰りたいあまり、最後にはサンフランシスコの家から家でしてしまうことになる。

 5種類の感情があって、そのうち4種類の感情はライリーの生存のために役立っているとされる。つまりライリーは楽しいことがあるとヨロコビを感じ、嫌なことがあればイカリを表現して相手に警告を与え、嫌なことがあるとムカムカして嫌なことを停止させて、危険が迫ってくるとビビリが働いて危険を事前に避けようとする。

 しかし5つの感情のうちカナシミだけが自分の存在意義を見出すことができずにいるし、感情の主役を担っているヨロコビもカナシミの存在意義が不明であった。

 何かが起こると悲しくなるのだが、後ろ向きに、ネガティブになるだけのカナシミに存在意義はあるのだろうか?カナシミなど記憶の奥底の潜在意識の中に落ちてしまって、いずれは消えてしまえばいいのではないか!?

 しかしこの映画はカナシミの存在意義をしっかりと教えてくれる。悲しんでいる人を見ると、人は悲しんでいる人の悲しみに共感し、悲しんでいる人を励まそうとする。カナシミは人の共感を誘う。カナシミにも存在意義はちゃんとあるのだ。

 

※感情とはコミュニケーションのための手段である。感情を抱くものに人は共感しやすい。他人の感情に共感してその人の気持ちになってみる。合理的な判断も必要だが、他人の感情に寄り添うことも大切である。しかし時として感情は人の判断を鈍らせて、憎悪の連鎖に人を落とし込んでしまうこともあるが…。