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自然と人知

 映画「ハプニング(原題:The Happening)を観た。

 この映画は、アメリカの北東部を主な場所とした映画であり、この映画の主人公は科学の教師エリオット・ムーアである。主人公のエリオットはフィラデルフィアの学校で科学の教師をしていると、原因は定かではないが、人が次々と死んでいると伝えられる。

 テレビのニュース番組ではこう報道される。「人間の脳の自己防衛機能の働きさまたげる毒素が原因で、人間が自ら命を断つような行為に出ている」と。ではこの毒素はどこから来たものであるのだろうか?

 この毒素の発生する場所は植物であると映画の主人公エリオットは考える(映画のラストでは植物による毒素の発生による人間の死亡が、海中で起こる、プランクトンの急増によって起こる魚の大量死原因である赤潮に例えられる)。

 エリオットは妻アルマと、同僚の数学教師の子供であるジェスとハリスヴァーグに向かって逃げる。しかしエリオットらの乗った電車は途中のフィルバードで止まってしまい、そこからは車や徒歩で、毒素から逃げることになる。

 当初毒素は人間が多くいると、それに反応して発生するとされているが、途中で人間が一人でいる場合にも、毒素が発生し、人間が自死することがわかる。それを知ったエリオットは死ぬことを覚悟する。妻アルマとジェスも。3人は人生の最期には、大切な人と一緒にいたいと、3人で寄り添って毒素に向かう。

映画の最初ではエリオットは頼りない男と妻に思われている。だから妻はエリオットとの間に子供を作ろうとしない。しかし映画が進むにつれてエリオットは人間として生きる力に満ちた人物に映るようになる。子供の父親になれるような頼りがいのある男へと成長していくのである。

映画の序盤でエリオットは生徒たちに対してこんな話をする。「ミツバチが全米でいなくなっている。何千万匹もだ。なぜこんなことが起こる?」エリオットが生徒たちに尋ねると、生徒の一人がこう言う。「自然界の出来事は完全にはわからない」と。エリオットは生徒の回答に対してこう言う。「その通りだ。自然には人間の知性ではわからないことがあるんだ」と。植物が発する毒素もそうである。

エリオットは自身による科学的な対象の観察によりいったんは、植物の毒素から身を守ることができるが、その後、生き残った理由はエリオット自身にもよくわからない。自然は人知を超えているのである。

西洋の世界では人間と自然は常に対立するものとして考えられてきた。人間は理性の力で自然を飼い慣らそうとするのである。しかし、人知が自然を覆い尽くすことなどあり得るのだろうか?日本では人間と自然は対立するというよりは「自然の恵みで生きている」というように恵みをもたらす自然というように捉えられているが、この場合でも自然は人知では及ばない神秘を持っているのである。