未来を見つめる

 映画「トゥモローランド(原題:Tomorrowland)」を劇場で観た。

 この映画は、ディズニー・ランドで有名な会社ディズニーによる映画であり、ディズニー・ランドに実際にあるアトラクション「トゥモローランド(映画タイトルと同じ)」を扱った映画である。

 では「トゥモローランド」とは一体何か?それは人間が望む未来都市のことである。

 映画の中では「トゥモローランド」を作り出すために4人の大人(トーマス・エジソン、ニコラ・ステラ、ジュール・ヴェルヌ、ギュスターヴ・エッフェル)がプルス・ウルトラを作り出す。そのプルス・ウルトラが作り出した現実の世界とは違う次元にある世界、それが「トゥモローランド」である。

 映画の中で「トゥモローランド」は異次元の世界を指すと同時に、人間にとっての理想郷である、望まれる世界を指す言葉としても使用されているようである。

 地球とは異次元に、人間の住むべき「トゥモローランド」が出来上がった。ではそこに人類は移動してしまえばいいのではないか?それが簡単にはいかないのである。

 昔の「トゥモローランド」は外部に対して割合開放的(選ばれた人だけ入れて発明させる)だたが、現在の「トゥモローランド」は閉じきってしまった世界だ。ある一部を除いては。

 現在の閉鎖的な「トゥモローランド」の地球との繋がりは、主人公であるケイシーとフランクそして「トゥモローランド」への案内役のロボット、アテナでもありえるが、現在の「トゥモローランド」自体が積極的に人類に対して供給しているものがある。それは人類の未来への悲観的な展望である。

 世界には核爆弾があり核の危機にさらされている。地球が温暖化して南極の氷が溶けて界面が上昇して、標高の低い地域は海の下に沈む。民主主義とは名ばかりの管理社会であって、民衆の言論は統制される方向にある(レイ・ブラットベリ「華氏451」、ジョージ・オーウェル「1984」などの作品に示されているように)。

 以上のような悲観的な情報ばかりを現在の「トゥモローランド」は地球に向けて流しているのである。

 現「トゥモローランド」の総督、デイヴィッド・ニックスは言う。「人間は恐怖によって、活発に活動するのである。だから私は地球の人々に恐怖を与える」人間が良い未来を築くためには恐怖が必要なのだとニックス総督は答える。

 主人公たちはこれに反してこう言う。「違う人々に必要なのは希望の持てる未来。それが「トゥモローランド」の本来の意味のはずよ!!」と。

 映画の中にはタキオンという未来を予測するものが登場する。それはニックス総督によって不正に操作された、悲劇的な未来を予測する装置のようなものなのだ。

 人々が創造するのに必要なのは悲観的な「ディストピア」か、それとも希望的な「ユートピア」なのか?今以上の悲劇の押しつけは必要なのか?いや、現在の悲劇でさえも。但し、時として厳しいことだが、現実を知ることは必要だろう。