音楽は情動を規範から解放する

 映画「サウンド・オブ・ミュージック(原題:The Sound of Music)」を観た。

 映画の舞台は1930年代のオーストリアの都市ザルツブルグである。映画の主人公のマリアはオーストラリアの教会(カトリック?)の修道女である。

 マリアは隙をみてはいつも修道院から抜け出して、高原を走り回っては歌ってばかりいた。そんなマリアに困った修道院は、マリアを家庭教師としてトラップ家に派遣する。

 トラップ家はトラップ大佐を家長とする、母親が不在の家庭で、そこにはトラップ大佐と亡き婦人との間の7人の子供(音階の数と同じ)がいる。子供たちはトラップ家に来る家庭教師が気に入らずに、次々と家庭教師をクビに追い込んでいた。

 そんなトラップ家に修道院は、マリアの人間的成長を願って、マリアを家庭教師として派遣したのである。

 マリアは最初は子供たちに拒否されるが、すぐに持ち前の前向きさで子供たちと打ち解ける。そしてマリアはそのうちトラップ大佐のことが好きになるが、トラップ大佐の方も同じ気持ちで、トラップ大佐は婚約をしていたがそれを破棄して、マリアと結婚することを選ぶ。

 その頃オーストリアナチス・ドイツに併合されていた。トラップ大佐もナチス・ドイツの海軍に来るように招集される。しかし、トラップ大佐とその家族(マリアと7人の子供たち)はナチスを逃れてスイスへと向かうのだった。

 映画の表面上にはあまりはっきりとは出てこないが、この映画の背景には、第一次世界大戦第二次世界大戦という二つの世界大戦の影が映る。1930年代は第一次大戦(1914~1918)と第2次大戦(1939~1945)に挟まれる時期である。

 トラップ大佐は子供たちのしつけに笛の合図を用いている。トラップ大佐が笛を吹くと子供たちが整列する。これは何か?そうこれは軍隊の秩序である。家庭の中にまで軍隊の規律が入り込んでいるのである。

 規律からは父の愛情を子供たちは受けることができないでいる(しつけも親の愛なのだろうが)。

 そこにマリアが音楽とともに登場する。子供たちは規律からは学べない、感情の表現をマリアから学ぶ。特に印象的なシーンはマリアが子供たちに教える恐怖への対処の仕方である。

 マリアは雷が怖い時は歌って楽しいことを思い出すのと「マイ・フェイバリット・シングス」という歌を歌う。だがマリアはこうも言う。「でも世の中には歌うだけではどうにもならない怖いこともあるの」と。

 歌うだけではどうにもならない恐怖とは戦争のことである。映画はオーストリアという音楽を愛する国にナチス・ドイツという暗い影が落ちてくるというように描かれている。実際に当時のオーストリア政府は保守的なファシズムが国を支配していた。マリアはファシズムという影の元で、音楽を奏で、歌って、踊っていたのである。

 

オーストリア出身の音楽家にはモーツァルトハイドンマーラーブルックナー、ヨハン・シュトラウスシューベルトなどがいる。