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破壊と創造

 映画「ドニー・ダーコ(原題:Donnie Darko)」を観た。

 映画の舞台はアメリカのマサチューセッツ州1988年の10月の1ヶ月を描いたものである。アメリカの10月といえばハロウィンの時期であり、この映画の最後の辺りではハロウィンのお祭りが行われている。

 映画のタイトルである「ドニー・ダーコ」とはこの映画に登場する主人公の名前である。主人公ドニーは、精神を病んでいる高校生である。精神科医にかかり、薬を処方されて、心が不安定な状態になるとすぐに薬を飲む。

 又、主人公は夢遊病者でもあり幻覚を見る。その幻覚とはフランクといううさぎの着ぐるみを着た人間である。

 映画が進むにつれて、ドニーが見る幻覚であるフランクの存在が徐々に浮き彫りになってくる。

 ドニーにとってフランクとは自分のできない破壊行為を自分に行うようにけしかけてくる破壊の誘惑者である。映画の中にドニーの行うフランクの誘惑による破壊行為がある。

 1つ目は、ドニーが通う高校の水道管を斧で叩き割って学校を水浸しにすること。2つ目は、学校を巡回している愛の伝道師であり、裏では児童ポルノを制作していたジム・カニングハムの自宅への放火。3つ目は、自分の付き合っていた彼女を殺したドニーの姉の男友達フランクの殺害である。

 ドニーはシラフの状態で破壊行為をしないこともない。でもせいぜいエアガンで、空き瓶を打ち壊す程度の物理的な破壊である。

 しかしドニーは物理的破壊の面だけでなく、精神的破壊の面も当然持っている(なぜならフランクはドニーの見る幻覚なのだから)。

 学校の授業で読んだグレアム・グリーンの「廃物破壊者たち」に関する教師との会話の中から、ドニーは「破壊は創造」である、破壊された状態を作り出しているのだと熱弁をふるう。

 又、愛の教育に熱心な女教師ファーマー先生が、ドニーの配ったカードに書いてある内容(言葉)を、愛か恐怖のどちらかの間の線上の適切な位置に配置しなさいと言うと、ドニーは大声でこう言う。「世の中には愛と恐怖以外の選択肢がある。あなたの考えを押し付けるな」と。

 ドニーは内面的に自分が非合理的だと思う規範を受け入れようとしない。そしてそれはフランクという幻覚が、そしてつまり、ドニー自身がその規範を破壊しようとするのである。

 映画の最後で姉の男友達のフランクを銃殺してタイムスリップをして、過去の自宅に戻ったドニーは笑っている。それはフランクを殺したことによる幻覚からの開放を意味しているのか?それとも、殺人という規格外の行動をしたことによる、やってやったぞという気持ちからなのか?しかし、いずれにしろドニーはラストの死によって病からも破壊的情動からも解放されるのだが。そして、それは悲劇である。