よくわからないもの、それが恐怖

 映画「シングルマン(原題:A Single Man)」を観た。

 物語の主人公は大学教授の中年男性で、彼はゲイである。恋人ジムを自動車事故で亡くした直後である。映画は彼が死を決意してそれを実行しようとした一日を描いている。

 何故彼が恋人の死で自殺を決意したか?それはジムがいない世界はただ孤独の恐怖があるのみの虚しい世界だからである。

 大学教授(ジョージ)は、自殺を実行しようとする日の大学の講義でこう説教をぶつ。世界には少数派がいるが世間は少数派を恐怖する。なぜ少数派を恐怖するのかといえば、それは少数派の実体が見えないからだ。そのような場合に誤解が生じて少数派に対する迫害が生じると。

 映画の舞台になるのは1962年11月30日の金曜日だ。60年代前半といえば、まだマイノリティの権利がアメリカ全土へは行き渡ってはいない頃だ。当然マイノリティの一種であるゲイの彼も、日常の世界に自分が受け入れられない感じ(疎外感)を感じているはずだ。だから彼はこのような説教をぶったのであろう。

 このジョージの説教に感動した青年が物語には登場する。その彼の名はポッターという。ポッターは自らも恐怖感を感じているという。世間に違和感を感じると。ポッターはジョージに共感したのである。

 ポッターは同性愛者か?ジョージが演説をぶった講義の後に話しかけてきた時のポッターはゲイではない。しかし、映画の終わり辺りで、ポッターは同性愛者の存在を認めるようである。

 ポッターはジョージの家に訪ねて行った時に部屋の引き出しから、裸の男の写真(ジムの裸の写真)を見つける。ポッターはその写真を見つけて恐怖する様子はない。

 物語の終盤でポッターはジョージの元に訪れ、ジョージを突然海に誘う。ジョージはその誘いに応じる。2人は裸になって(パンツも脱いで)夜の海に身を任せる。この時の2人は海と一体となっているようである。

 その後冷えた体で2人は海の近くにあるジョージの自宅に入り、暖を取りながら酒を飲む。そしてジョージはポッターをセックスに誘うことなく眠りについてしまう。午前3時頃、ジョージは目覚める。その時ジョージは死ぬ気は無くなっている。ポッターが、ポッターと行った海がジョージのそれまでの考えを壊して、ジョージ自身がまた新たな世界を受け入れる気になったからであろう。

 映画の終盤にジョージはこう答える。ごくたまに明晰な瞬間が訪れて全体がはっきりすると。彼は全てを明晰に見ることにより(隠れている部分があると人はそれを恐怖と感じる)世界に対する恐怖から解き放たれる瞬間を味わったのである。世界のありのままを直観することがジョージを癒したのである。ジョージはその直観の後に心臓発作で亡くなる。恐怖から解放された後の恐怖のない突然の死だった。