読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

新しい価値観の誕生

 映画「ノー(原題:No)」を観た。

 映画の舞台となる国はチリ。時は1998年。チリでは既存の政権の存続を問う、国民投票が開かれようとしていた。

 当時の体制側のリーダーであるピノチェト将軍は、チリで独裁政治を行っていた。ピノチェトは1973年にクーデターを起こし、その当時の政権アジェンデ政権を倒した。ピノチェトの後ろには、アメリカのホワイトハウスが付いていた。

 冷戦時代のアメリカ政府は、反共産主義や反社会主義を唱える者ならば誰でも支援していた。ピノチェトもその支援を受けた一人だった。

 映画の主人公は、広告マンの男レネ・サアベトラである。彼は幼い男の子と一緒に暮らしており、別居中の妻もいる。

 レネは国民投票が行われる際に左派(ピノチェト政権No派、反ピノチェト)のキャンペーンの指導者に選ばれる。そして彼の上司の広告マンはピノチェト政権Yes(Si)派のキャンペーンリーダーとして選ばれる。つまり上司が自分の敵になることになる。

 しかし彼の敵はYes派だけではなかった。No派の人物たちの中でも彼は浮き始める。なぜか?No派の人々は彼の明るい選挙PRCMが気に入らなかったのである。その人たちの言い分はこうだ。

「今まで多くの人の血が流れた。残酷でもその事実をPRCMに使うべきだ」それに対してレネは言う。「ダメです。人々を恐怖で萎縮させてはいけない」

レネは自らの意志に従ってキャンペーン(15分間の深夜のCM)を続ける。時に嫌がらせに遭いながらも。選挙の結果No派はYes派をうわまわって勝利する。

レネは自らの妻をもNo派の中の自分の対立者として浮き上がらせてしまう。妻はレネのCMについてこう言う。「あなたのCMはただの模倣よ」本物じゃない。

映画の最後にレネは“開放後のチリにふさわしい”ドラマのCMを行うことになる。そのCMには10人の美女と5人の美の崇拝者と一人の美女に花束を渡すヒーローが登場をする。そのCMの完成品を観るレネの目は冷めている。「これが未来志向のCMです」なぜ彼は冷めているのだろうか?新しい政権が誕生し、新しい時代がやってきているのに?

そう彼は古い価値観が崩れ、新しい価値観が出来上がるのを体験した。自分の中で、自分の周りで、今まであったものが崩れ去り、それまでなかった新しいものが、また立ち上がっていくのを体験したのである。その体験は本物だった。だからレネはその体験の「模倣」である自分のCMを観てもエキサイトすることはないのだ。

彼は本当の体験、古きものが崩れ去り、新しい美(価値観)が立ち上がるのを体験してしまったのだから。