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アウトサイダー(犯罪者としての)

 映画「アウト・オブ・サイト(原題:Out Of Sight)」を観た。

 スティーブン・ソダーバーグ監督による、エルモア・レナードの同名小説の映画化。小説家エルモア・レナードは他にも「ジャッキー・ブラウン」「ゲット・ショーティ」などの作品が映画化されている。

 映画のタイトルである「Out Of Sight」とは①見えないところ②法外に、べらぼうに③素晴らしい、いかす、という意味を持つフレーズである。従来の枠から外れてしまっているというような意味で映画を観ると、とてもわかりやすい。

 何故なら、映画の登場人物達の多くが、犯罪者であるからである。つまり彼らは多くの人たちが常道だとみる道から、外れてしまった(「Out Of Sight」)人達なのである。主人公は銀行強盗の常習犯で、その刑務所友達も当然前科者ばかり。主人公のライバルとなるのも元刑務所仲間である。

 この映画は通常の生活とはまったくかけ離れた作品である。しかし、この映画にも通常(普通)のところがある。それはストーリーの中心を流れているのが、男と女のラブロマンスという所である。誰と誰との間のラブロマンスか?主人公の男性前科者と、それを追う女刑事とのである。

 スティーブン・ソダーバーグが映画の特典の中で語っている通りに、この映画を観た後に映画を観た人達は人生を変えようとは思わないであろう。この映画の中には反省というものがみられない。

 主人公は刑務所から出てもまともに働くことをしない。就職の面接に行っても、途中で面接を投げ出して、普通の仕事など糞喰らえだと、ネクタイを地面に投げつける。そして、大きな仕事をやると、元刑務所仲間の自宅にあるダイヤの原石を盗もうとする。

 物語の大半の部分で、主人公は自分のしたことを悪いことだと思っている素振りはみせない。しかし、物語の終盤で主人公とその相棒の黒人には反省の兆しが見える。それは特にラストシーンに表れている。

 主人公とその相棒は殺されそうになっている、宝石の所有者である元刑務所仲間とその恋人を助けようと意識するからである。その意識が元で、主人公は他の襲撃者(元刑務所仲間の宝石を他の元受刑者たちも狙っていた)達とは違い、警官に殺されずに済むし、相棒は高跳びすることができる。

 相棒の黒人は姉が自分のために“祈っていること”を心の支えとして生きている。そしてラストシーンでは相棒は自分の十字架を主人公に渡す。この辺りでは少し常道への回復が見られる。しかし彼らは最後まで、強盗犯でしかないのだが。

 相棒が主人公に渡した十字架は血でべっとり既に汚れているのだ。それは彼らにとっては覆せない罪なのだ。そして十字架をべっとり血で覆ってしまっていることの原因は、従来の社会秩序(当然、キリスト教も含む)の側にもあるのではないのか?