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戦争と人

 映画「アメリカン・スナイパー(原題:American Sniper)」を劇場で観た。

 映画のラストに史実として、主人公が、戦争からの帰還兵の手によって殺されたことを知った時に思わず「ゾッ」とした。

 物語は、一人のアメリカ白人男性が兵士となり死するまでを描いている。物語は二つの部分に分けることができる。それは、アメリカを描いている部分と、イラクを描いている部分だ。前者は家族の物語だし、後者は戦闘の物語である。それ(家族の物語と戦闘の物語)は彼の精神の分裂と見ることができる。

 主人公はアメリカのテキサスに住むカウボーイで荒れ馬を乗りこなしては賞を貰っている。子供の頃、父親から動物相手の狙撃を教わり、その腕はアメリカ軍隊のシールズに入った後も生かされることになる。

 アメリカの田舎のカウボーイである時の彼の精神は、まだ戦争によって引き裂かれてはいない。彼は、ある時、テレビのニュースを観ていて、急に軍に入りたいと思うようになる。(9.11の影響もある。)

 そして、入隊後、妻となる女性と出会い、戦闘地に派遣される前に2人は結婚する。

 イラクに行って彼は人を殺すことになるのだが、彼は人を殺す度に、自分の命が脅かされる度に、精神的に不安定になっていく。戦地では妻と子供を思い、アメリカでは戦闘の不安に襲われるようになる。

 物語の終盤で傷ついた彼の心は修復されたように見えるが、彼は彼と同じように戦闘で心を病んだ元兵士に殺される。

 『彼の心は修復されたように見える』と書いたが、実際に彼の心は取り戻されていたのか?答えは否である。

 家族よりも負傷した帰還兵達と多くの時間を過ごしていた時の様子にも、彼がまだ戦闘の傷を引きずっていたように見えるし、家族との最後のひと時にも彼は銃を手放すことができていなかった。

 彼はきっと心の中にある不安から、銃を常に身に着けていたのではないのだろうか?

 戦争では多くの人が傷つく。心も体も。いや、はっきり言えばこうだ。戦争では多くの人が死ぬ。

 物語の終盤の「砂嵐」は、人間にはどうすることもできない端的な事実を感じさせる。世界は確かにこうなっている。ただ、世界は不条理だ。

 

○人を殺したことの罪悪感、仲間が死んだことによる喪失感、自分も殺されるのではないかという恐怖感。主人公はこれらに駆られている。

 

○映画の中で主人公は神への信仰について口にする。自分は神に守られていて、敵が死んだのは神の裁きなのだと。ここに狂信者としての彼の姿が見つけられる。狂信者というのは、自分の中の抑えられない気持ちを整理するために、神を持ち出して、そのような自分ではうまく処理できそうにない事実を整理しているのではないのだろうか?彼の傷ついた姿がここにも見られる。

 

○「砂嵐」をどのように捉えたらいいのだろうか?砂嵐はアメリカ兵士達にも、そして現地や現地周辺にルーツを持つ兵士達にも同様に訪れる。それは神のようなものなのだろうか?神という不条理が彼らを覆っているのだろうか?

 

○アメリカが戦争を好むように、中東にも戦争を生業とする人達がいる。イラクの戦争にシリア人がリーダーとして参加していたように。(戦争を好む人たちなどいるのだろうか?)